Maison book girlの世界観を創造する音楽家 サクライケンタ インタビュー


サクライケンタがプロデュースを手掛ける女性アイドルグループ、Maison book girlのファーストアルバム『bath room』がじわじわと、しかし確実に支持を伸ばしている。ピアノやマリンバの音、楽曲の骨格を司るリズムと変拍子、そして<僕>の視点から描かれるパーソナルな歌詞世界。そのどれもが典型的なアイドル楽曲像とは距離を取っていながら、純度の高さゆえに聴く者の感性にダイレクトに染み込んでいく。アイドルグループの評価指標としての「楽曲の良さ」が、単なる個人の好みの問題に成り下がったとしても、絶対的な存在感を放つMaison book girlの楽曲。アイドルプロデュースのみならず、映画への劇伴提供など作曲家・アーティストの顔も持つサクライケンタに、これまでの道程と芸術的バックグラウンド、そしてアイドルというフィルターの向こう側にある美意識について話を聞いた。

取材・文 / 堀中敦志

profile

サクライケンタ
1983年大阪府生まれ。音楽家。中学生の頃より作曲活動を始め、企業CMやアイドルへの楽曲提供を行う。2011年にいずこねこプロジェクトを始動。2013年に株式会社ekoms設立。現在はアイドルグループ Maison book girlのプロデュースのほか、映画の劇伴の作曲など、多方面にわたる楽曲提供を行っており、現代音楽に根差した独自の世界観が高い評価を得ている。
http://www.ekoms.jp/


Maison book girl
2014年結成。通称”ブクガ”。現在のメンバーは、矢川葵・井上唯・和田輪・コショージメグミの4人。2014年11月に初ライブを行った後は東京を中心にライブ活動を続け、2015年3月に会場限定シングルCD『black』『white』をリリース(現在は完売)し、2015年9月には初の流通音源となるファーストアルバム『bath room』をリリース。音楽活動のほかに、同名のファッションブランドも展開している。
http://www.maisonbookgirl.com/

この音にこの音を重ねたらこういう音が鳴るんだとか、ゲーム感覚で作曲をしていたかもしれないです。

――Maison book girl(以下ブクガ)のファーストアルバム『bath room』がリリースされてから1ヶ月ほど経ちましたが、手応えとしてはいかがですか?

サクライ:想像してたよりも売れました。アイドルファン以外の人、バンド界隈の人とかからもすごくいいって言ってもらえたりして、自分の作っている音楽が間違ってなかったんだなと。自分の作ったものを受け入れてもらえるってことが一番嬉しいですね。

――サクライさんの音楽との出会いについて伺いたいんですが、最初に始めた楽器がドラムだそうですね。

サクライ:小学校4年生くらいの時にドラムを個人レッスンで習い始めたんですけど、テレビで音楽番組を見ていて単純に面白そうだなと思ったのがキッカケですね。家にドラムセットはなかったので、その個人レッスンに行くか、練習スタジオに個人練習に2時間1000円とかで入って叩いてました。

――どういった曲のドラムを叩いていたんですか?

サクライ:姉の影響で渋谷系の音楽をよく聴いていたので、例えばフリッパーズ・ギターの曲を叩いたりしていましたね。ちょうど渋谷系が流行っていた時代で、渋谷系の中でもいろんな新しいアーティストが出てきていて、そういうものを幅広く聴いていた気がします。あと、つんく♂さんの作る曲が良くて、モーニング娘。は当時からすごく好きでしたね。

――その後、自分で曲作りを始めるのはいつ頃のことですか?

サクライ:小学5年か6年の時に親戚の人からギターを貰って自己流で弾き始めるんですけど、中学に入って親に頼んでMDのMTRを買ってもらって、それで曲を作り始めました。ちょうど同じ頃にノートパソコンが与えられて、テレホーダイで深夜にインターネットを使うようになって、それで音楽のことを調べたりもしていましたね。ドラムはリズムマシンで打ち込んでMTRに録音して、その上に何本もギターを重ねていくみたいな感じで作ってたんですけど、その工程とか感覚がとにかく楽しくて。

――その組み立てていく面白さって、ゲーム的な感覚ですよね。

サクライ:そうですね。この音にこの音を重ねたらこういう音が鳴るんだとか、ゲーム感覚で作曲をしていたかもしれないです。ゲーム自体はジャンルを問わず何でもやっていて、PlayStationとかセガサターンとかネオジオとか、新しいハードが出たら買って遊んでました。小学校の頃はゲームセンターにもよく行って格闘ゲームをしていましたね。本来学校がある時間に音楽作ったりゲームしたりしていて、学校が終わる時間から友達と遊んでました。

――アニメなどもその頃からよく見ていましたか?

サクライ:やっぱりエヴァンゲリオンですね。あの登場人物って14歳じゃないですか。自分が14歳のころにそれが始まって、本当にリアルタイムの世代という感じですね。最初の劇場版の「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生」は、公開日の朝に映画館に並んで見ました。その後、最新の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」まで、全ての劇場版は公開初日の最初の上映を見続けています。

――その後、高校の頃にはバンド活動もしていたそうですね。

サクライ:高校には行きたいと思ってなかったんですけど、親からは行かないよりはマシみたいに言われていたので、一応高校には進みました。でも、学校に行ったのはたぶん5日間くらいだけです。その頃はいろんなバンドをやりましたね。コピーもやりましたし、オリジナルもやりました。パートも、ギターだったりドラムだったりで、その頃はメロコアが流行っていたので、ハイスタ(Hi-STANDARD)のコピーバンドでドラムを叩いたこともあります。オリジナル曲をやるバンドでは、自分が曲を書いたりもしていました。

――中学の時にMTRで始めた曲作りの環境は、どのように変化していったのですか?

サクライ:17歳で家を出て暮らし始めたんですけど、その頃にMacを買ってPCで音楽を作れる環境を整えて、今も使っているLogicというソフトで作曲するようになりましたね。

――現在のサクライさんの音楽的なベースのひとつである現代音楽との出会いはその頃ですか?

サクライ:17歳か18歳くらいの時に大阪のライブハウスの店長と仲良くなって、いろんなCDを貸してもらっていたんです。その中に現代音楽の作品とかもあって、それが聴いていて面白かったですね。その頃は、インスト曲を作りまくっていた時期です。

――その時に聴いた作品の中で具体的に好きだったものって覚えていたりしますか?

サクライ:衝撃を受けたのは、スティーヴ・ライヒですね。他にも現代音楽のいわゆる定番的な作品もいくつか聴いたんですけど、ライヒの音楽は現代音楽だけどちゃんと展開があって、ひとつひとつの楽器が役割を持っていて、作曲者の意図が理解できるような感じが面白かったです。いまだにライヒからの影響は大きいです。

――MacとLogicで音楽を作り始めて、作曲の仕事で初めてお金をもらったのはいつのことですか?

サクライ:20歳前後くらいだと思います。大阪のデザイン界隈と仲良くなり始めて、僕がインスト曲を作ってるという話をしてCDを渡したりしていたら、デザイン事務所から映像に音楽をつけてくれという依頼がもらえるようになって、そこからいろんな代理店から仕事が来るようになりました。25歳くらいまではインストの曲を作りつつ、たまにそういう仕事もしつつ、バイトをしていた時期もあったんですけど、何年かニートの期間があって、その期間は曲を作ってるか、ゲームしてるかくらいのダメな生活をしてました。

――そういう仕事がアイドルへの楽曲提供へ繋がっていくわけですね。

サクライ:大阪でも地下アイドルの文化が出てきて、僕も歌ものの曲を遊びで作ったりはしてたんで、自然な流れで、あの曲っぽいのを作ってくださいというような依頼をもらうようになりました。そういう仕事は、その後のいずこねこの活動に繋がっていきます。

――その頃もアイドルは聴いていたんですか?

サクライ:ハロプロのグループをメインに聴いてましたね。その頃にBerryz工房と℃-uteが始まって、僕は℃-uteが好きで、コンサートにも一人でよく行ってました。特に、サングラスを掛けていたころのマイマイ(萩原舞)を推していました。

――アイドル以外だと、どんな音楽をよく聴いていましたか?

サクライ:聴いていたのは現代音楽の作品かアイドルソングやアニメソングで、極端な聴き方をしていました。高校以降は流行のJ-POPとかは全然聴かなくなりましたね。

――お気に入りのアニメソングやサウンドトラックはありますか?

サクライ:電脳コイルというアニメのサントラは特に好きですね。NHKでやってたアニメなんですけど、音楽だけを聴くと現代音楽な感じがするサントラです。

やっぱり美しいことを書きたいというのが僕の根底にあって、キレイなことも汚いことも全部含めた美しさを最終的に形にできたらなと常に思っています。

サクライ:センターをあまり作りたくないという思いがあって、最初の段階からメンバーは4人にしようと思っていました。音楽面で比較すると、いずこねこの方がポップスの要素が強かったと思うんですけど、もっと削ぎ落として音数も少なくして、聴きやすいものをと。聴きやすいというのは自分の中で重要なポイントなので意識してますね。

――聴きやすいという点では、サクライさんの楽曲は変拍子が多用されていながら、非常に聴きやすい印象を受けます。曲作りの最初のイメージの段階から、変拍子のパターンで出てくるのでしょうか?

サクライ:そうですね、初めのイメージからです。4分の5拍子だろうが4分の7拍子だろうが、自分としては音楽的な聴こえ方の違いしかなくて、そこを特に意識しているわけではなく、聴いていて気持ちいいということを一番大切にしてますね。

――サクライさんの曲作りは最初から打ち込みで始まるんですか?それとも楽器で書き始めるのでしょうか?

サクライ:今も作り方はあまり変わっていないんですけど、ギターかピアノで作り始めることが多いですね。アイディアをどこから広げていくかというところで、ギターのひとつのフレーズから作ったりとか、ピアノのフレーズから作ったりとか、ドラムのリズムから作ることもあります。他にも、この楽器とこの楽器が組み合わさるイメージから作ったりとか、ひとつのアイディアから作ることがほとんどですね。

――あと、ほとんどの曲でサクライさん自身が作詞もされていますが、歌詞の面で意識していることはありますか?

サクライ:歌詞については、自分の中のイメージを膨らませているだけで、僕の思っていることとか、ごく個人的なこととか、フィクションではないありのままを書いている感じです。

――歌詞の中のモチーフで「煙」というキーワードが何度か出てきます。会社名(株式会社ekoms)にも関係のある言葉ですが、サクライさんにとって「煙」とはどういったイメージの言葉ですか?

サクライ:形のない感じというか、芸術的観点としての美しさを感じていますね。美しいというのはキレイという意味だけではなくて、汚いことも含めて美しいというイメージです。

――一方で、「雨」とか「水」という言葉についてはどうでしょうか?

サクライ:そのものの表現だったりしますけど、自分の中では何かの隠喩になっていたりすることが多いです。

――メンバーのコショージメグミさんが作詞している「最後のような彼女の曲」の歌詞について、サクライさんの歌詞と少しテイストは違うんですが、「雨」とか「青」とか、共通したイメージを持っているように感じました。この歌詞を最初に受け取った時はどんな印象を受けましたか?

サクライ:特に不自然な感じは全くなかったですね。あえて言うなら僕が使わない言葉、例えば「オレンジ」とか「スパイス」とか「キュラキュラ」とかは新鮮でした。僕は歌詞を書く時に自分のイメージにない言葉は使わないので。やっぱり美しいことを書きたいというのが僕の根底にあって、キレイなことも汚いことも全部含めた美しさを最終的に形にできたらなと常に思っています。

――サクライさんのクリエイティブの根源になっている音楽や映画、小説などは何かありますか?

サクライ:実は音楽はあまり聴かない方ですね。自分が音楽をやっているだけで、総合芸術的な捉え方をしているつもりです。映画に関していうと、特にデヴィッド・リンチが好きです。「ツイン・ピークス」もそうですし、作品的には「マルホランド・ドライブ」が一番好きですね。リンチに関しては、映像にしても音楽にしても、儚くて美しいみたいなところが根底にあると思うんです。汚くてエグいものを見せたりもすると思うんですけど、その奥底にある美しさみたいなものが好きですね。あと映像作品としては、エヴァンゲリオンはもちろん、庵野監督の実写作品、「ラブ&ポップ」とか「式日」の雰囲気とか世界観からは影響を受けていると思います。

――映画の話でいうと、劇伴の作曲を担当されて、ブクガのメンバーも出演した映画「マイカット」について伺いたいのですが、あれは先に脚本があった上での楽曲制作だったのですか?

サクライ:先に脚本があって、一人ずつの人格に曲をつけるというのは決まっていたんですけど、その4つの曲が最終的に組み合わさっていくような曲を作ろうと思っているということを小根山(悠里香)監督とも話して作りました。ブクガのメンバー4人というよりは、脚本の中の4つの人格をイメージして作曲しています。

――また最近では、今年の「シブカル祭。」上映作品となった縷縷夢兎(るるむう)デザイナーの東佳苗監督の「Heavy Shabby Girl」に劇伴とGOMESSさんとの共作による劇中歌で参加されていますよね。

サクライ:こちらは、依頼された段階で既に一部の映像があってセリフも入っていたんで作りやすかったですね。監督の佳苗ちゃんとは電話で打ち合わせしたりもして、世界観としては共感する部分が大きかったので、すごく気持ちよくやれたと思います。

――共作されたGOMESSさんは、サクライさんにとってどんな存在ですか?

サクライ:元々ラップは全く聴かなくて、苦手なジャンルだったんですけど、GOMESSくんのフリースタイルのラップを聴く機会が増えて、ラップしてる言葉や内容とか、内面的な部分で共感できたりして、ジャンルの問題ではないと思えるようになりました。他のラップに対する変な偏見も無くなった気がします。

――編曲の仕事としては、大森靖子さんが作詞作曲されている ずんね from JC-WC の「14才のおしえて」に参加されていますが、これはどういったキッカケからだったのでしょうか?

サクライ:蒼波純ちゃんと吉田凛音ちゃんのユニットに大森さんが曲を提供するというところがまずあって、この曲のアレンジは大森さん的に僕しかいないということで直々にオファーをもらいました。大森さんとは、いずこねこの頃から共演することがあってお互い面識もあったんですけど、仲良くなり始めたのはこの2年くらいかな。

――サクライさんから見た大森さんの魅力はどういうところですか?

サクライ:自己プロデュース能力がすごいと思いますし、ひとつの音とか言葉でその場の空気を全部持っていくようなところですね。あと、やりたいこととか音に妥協していないと思うし、そこは僕もそうありたいと思っています。

――最後に、11月23日のワンマンに向けてどういった期待を持っていますか?

サクライ:メンバーが練習を自主的にもかなりやってるので、どれだけ頑張って仕上げてくるか、それを見るのが僕としても何より楽しみですね。

INFORMATION

Maison book girl『bath room』

jacket2015年9月23日発売
品番:MBG-0003
収録曲:
01. bath room (intro)
02. bath room
03. my cut
04. 最後のような彼女の曲
05. snow irony
06. film noir
07. Remove
08. last scene
09. water

Maison book girl 1st oneman live solitude hotel 1F

2015年11月23日(祝)東京都 渋谷WOMB
料金:前売 3,000円 / 当日 3,500円(ドリンク代別)
開場: 18:00 / 開演:19:00