音楽のその先にある表現力を映し出す−多くのアーティストのアートディレクション・デザイン・映像作品に携わる関山雄太インタビュー


 今でこそ音楽をジャケ買いすることは少なくなったかもしれないが、私たちは無数に溢れる情報の中から無意識に嗅覚を効かせ、アーティスト・レーベルのロゴやデザイン、写真・ウェブサイト・ミュージックビデオのクリエイティブや雰囲気といった情報から好きな音楽を見つけることも少なくないだろう。今回はそんな音楽に触れる”入り口”に付加価値を創造する仕事にフィーチャーしたい。今回取材させていただいた関山雄太は、元riddim saunterのKeishi TanakaやKONCOSに始まり、最近ではミツメ、吉田ヨウヘイgroup、Ykiki Beatなど大変多くのアーティストのアートディレクション・デザイン・映像作品に携わる。また、東京都内のあらゆる場所を背景に、メジャー・インディー問わずさまざまなアーティストがアコースティックライブを繰り広げる『TOKYO ACOUSTIC SESSION』、動画・写真といったクリエイティブがアーティストの言葉と一緒に展開されるインタビューサイト『CARELESS CRITIC』といったプロジェクトの主催も務め、その活動は多岐に渡る。そんな彼のほぼ半生を一からお伺いし、ディレクションに携わるまでの彼のルーツやアーティストとの関係を紐解いていきたい。

取材・文:藤森未起
写真:山川哲矢

profile

関山雄太…85年生まれ。ウェブ制作会社でウェブデザイン・ECサイト運営等を経験後、フリーに転身。ウェブ制作においてディレクションから携わる。同時にDJイベント・ライブイベントを主催し、近年ではTOKYO ACOUSTIC SESSIONをはじめとする映像制作・MV制作のディレクションにも携わり、多くのアーティストのアートディレクション・デザイン・映像作品などを手がけている。http://hncr.jp

DJイベントにたくさんお客さんを入れるためにどうしようって考えるのが、今のデザインの先にいるお客さんのことを考えるって事に繋がっている気がします。(関山)

――本業はデザイナーということで、まずはその辺りから紐解いていきたいのですが、デザインはどうやって学ばれたんですか?

関山:全部独学でやってて、はじめは高校生のときにバンドやったり、Tシャツブランドをやったりしてたんですよ。僕は出身が名古屋なんですけど、夏休みは東京に出て、デザインフェスタとかで売ったりしてたんです。相方と僕が作ったデザインをパソコンでTシャツにしたり、ウェブサイトを作ったりしていました。

――なるほど。東京にはなんで上京しようと思ったんですか?

関山:音楽を作ったりとか、Tシャツを作ったりとか、そういう活動をもっとちゃんとやりたいなって思って東京に来たんです。

――東京に来てからはどんな音楽活動をしていたんですか?

関山:宅録で一人で曲を作ってました。打ち込みをしたりMTRで録ったりして…。ネット上にもけっこう載せたりしていて、そのときやっていたサイト制作の経験が、東京でのウェブサイト制作の仕事に繋がりましたね。

――仕事をしながらも、音楽活動的なものは続けていたんですか?

関山:曲作りやTシャツは若いときの衝動みたいなものでやめてしまったんですが、ちょうどその頃仲が良かった仲間とDJイベントを始めたり、ギャラリーでグループ展をやったりしてました。仕事はウェブの仕事を転々としていたんですが、2007年にいろいろあってフリーランスになりました。

――DJイベントはどんなイベントをされていたんですか?

関山:たまたま新宿のOTOというクラブ(※現在は渋谷に移転)で、レギュラーイベントをやらせてもらえることになって、”from England to me!” というイベントを3年くらいやっていました。「洋楽インディー」みたいなものが流行っていたっていうのもあったと思うんですけど、BIG LOVEやJET SETで買ったレコードをずっとDJでかけてましたね。

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“from England to me!”フライヤー

関山:DJイベントをやっていたのもあって、CUBISMO GRAFICOのチャーベさん(※松田岳二)を友達経由で紹介してもらったんです。ちょうどウェブデザイナーを探していたみたいで「ぜひサイト作らせて下さい」って言って、そこからサイト制作やCDデザインをやらせてもらいました。僕は高校生のとき、チャーベさんがやっているNEIL&IRAIZAのコピーバンドをやったり、CUBISMO GRAFICOのコピーみたいな曲を宅録で作っていたので、東京すげえって思いましたね(笑)。

――なるほど。自分が仕事としていたウェブデザインが趣味と繋がったのはそのあたりからなんですかね?

関山:そうですね。チャーべさんと知り合ってから音楽関係の仕事をたくさんやるようになりましたね。それがフリーランスになって2年目くらいで本当に仕事がない頃で、月の収入が10万とかだったんです。ネットで登録してデザインの仕事が来るみたいなものもやって、1ヶ月たくさん頑張って7万円みたいな仕事をしてて、このままじゃダメだなって。だけど、チャーべさんと知り合っていろいろ仕事をさせてもらうようになってから生きていけるようになりました。

――音楽以外の仕事も紹介してもらったんですか?

関山:そうですね。ちょっとずつ増えていって今に繋がっています。あとは、城内宏信さん。この方もDJで、ファッションブランドのカタログのデザインやCDデザインをやってる方です。城内さんのディレクションは本当に素敵で、たくさんウェブの仕事をやらせてもらいました。チャーべさんと城内さんは勝手に僕の師匠というか、尊敬してます。いまだに会うと緊張する…。

――月並みな意見ですけど、本当に人の繋がりって大事ですね。

関山:OTOみたいな場所ってコバコなんですよ。六本木とかにあるような大きいクラブじゃなくて、本当に音楽が好きな人が集まるようなところなんですね。変わった仕事をしている人も多くて、話が合うんですよ(笑)。そこで仕事に繋がることはけっこうありました。

――では、3年間やっていたDJイベント今考えるとかなりターニングポイントになっていますね。

関山:OTOで3年間やっていたのはけっこう大きかったですね。バンドもあると思うんですが、「何人呼ばなきゃいけない」みたいなノルマがあって。第1金曜日をレギュラーでやってたんですけど、そこを任されるのはけっこうなプレッシャーだったんです。そこでたくさんお客さんを入れるためにどうしようって考えるのが、今のデザインの先にいるお客さんのことを考えるって事に繋がっている気がします。あとは、フライヤーのデザインを毎月考えていたので紙のデザインはそこで身につけました。


この泣きメロは30代くらいじゃないと弾けないだろうって思ってライブを見に行ったらみんな19歳だった!(関山)

――DJイベントを経て、ライブイベントも始められたようですが、その経緯を教えてください。

関山:“from England to me!” を3年くらいやって、どうもお客さんが入らなくなってきて、変わらなきゃ変わらなきゃっていうのがずっとあったんですけど、続けられなくなってやめました。そのちょっと前に渋谷のEchoっていう場所で、”ACCOMMO” っていうイベントを始めました。

――どうして始めようと思ったんですか?

関山: “ACCOMMO” は…これは恥ずかしいんですが、実は僕は有名になりたいってずっと思っていたんです。その手段は音楽を作るとか、デザインをするとか、DJをするとか、新しいサイトを作るとか、自分が得意だって思った事ならなんでもよくって。だけど、自分が憧れたシーンみたいなものって全部アーティストがいたから、今度はもっとそこに近づく事をしなきゃって思ったんです。
“from England to me!” をやってたときに、WONDERKINDという洋楽を取り上げているフリーペーパーがあって、それを運営している人たちと仲良くなったんです。その中にいるメンバーが、最近始めたインタビューサイト(CARELESS CRITIC)を一緒にやっている音楽ライターの杉山仁君だったり、デザイナーの子がthe eglleというバンドをやっていたり、möscow çlubでドラムをやりはじめたりして…。

――つまり、DJイベントでミュージシャン・バンドマンと繋がる機会があったんですね。

関山:そうなんですよ。the eglleがすごくかっこよかったから、ライブが見たくて the eglleと一緒に “ACCOMMO” を始めたんですね。その1回目のときにmöscow çlubが遊びに来てくれて、 “ACCOMMO” に出たいって言ってくれたんです。それで2回目に出てもらって、そこからまた新しいバンドと知り合ってライブイベントに呼んでもらったりとかして。

――実際に音楽を作る人とも接点が徐々に増えてきましたね。 “ACCOMMO” の出演者について教えてください。

関山:the eglleは “ACCOMMO” をレーベルとして7inchレコードを作りました。そのときは “ACCOMMO” でいろんな事をやろうとしていたんですね。möscow çlubは4人組なんですが、ライブの機会がもしあったら是非見に行って欲しいです。ミツメの大竹雅生(Gt)が参加しているので、「ミツメのギターのサイドプロジェクト」みたいに誰かのブログかツイッターで書かれていたことがあって、これはしょうがない事だし僕は全然関係の無い立場なんですが、1人で怒っていたことがありましたね(笑)。ライブを見に来てくれよっていう。

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―― “ACCOMMO” には昨年話題になったYkiki Beatも出演してますよね。

関山:Ykiki Beatは、”London Echoes” っていう曲がsoundcloudにあがっていて、再生回数もコメントもたくさんついていたんです。曲がすごい良くて、ギターソロにすごい泣きメロがあるんですよ。それできっとこのバンドは30代だろう…この泣きメロは30代くらいじゃないと弾けないだろって思って、ライブを見に行ったら19歳だったんです!(笑) その日、Ykiki Beatは学園祭以外では初めてのライブだったんです。にも関わらず、5,6バンド出た中で一番格好良くて、すぐ “ACCOMMO” に出てくれと言って、それから何度か出てもらいました。

――では本当にネット上で見つけたんですね。

関山:そのあとちょうど友達のレコーディングエンジニアに「バンドを紹介してくれ」と言われて、Ykiki Beatを紹介したんです。そこで録ったのが “Forever” という曲で、スタジオで制作途中の曲を聴いたときに、これはすごい事になるなって、衝撃でしたね。それで、7inchを自主で出すことが決まって、MVも撮ることになったんです。そのとき、僕は12XUという代々木上原のセレクトショップのウェブサイトを作っていたんですが、そこに “ACCOMMO” のフライヤーを置きに行ったらYkiki Beatを聴いて気に入ってくれたので、お店にMVのスタイリングをお願いしました。撮ったMVを公開したらやっぱりものすごく再生されて、という感じでした。